大切な人には心配ではなく、○○を。

 

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ご自分の大切な人が困難な状況にあるとき、例えば

 

お子さんが不登校である、

 

パートナーの方が病気をされている、

 

サポートしている方が難しい環境や状況にいる

 

など、我々はその方を大切に思うためによく「心配」をします。

 

「このままだとこの子はずっと家から出ないんじゃないか・・・」

 

「親がいつまでもいるわけではないし・・・・」

 

「こうなったらどうしよう。私がなんとかしなきゃ・・・」

 

 

 

“ピグマリオン効果”ってご存知でしょうか。

 

教育心理学の有名な実験でこのようなものがあります。

 

教師たちは、3つの任意にほぼ同質に構成された生徒たちのグループの担任をすることになりました。

 

そのうちの1つのグループについて

 

「才能があり、やる気があり、高いレベルの生徒である」

 

と教師に伝えられ、

 

もう1つのグループについては

 

「落ちこぼれで、学習の遅い生徒たちである」

 

と伝えられました。

 

つまり、どっちも事実に基づかないことを教師に伝えておき、レッテル張りを教師にさせるわけです。

 

すると、学期の終了後にはこのレッテル通りの結果、すなわち才能があるとされたグループは成績が伸び、落ちこぼれとされたグループは成績が下がって有意な差ができました。

 

 

「人間は期待された通りの成果を出す傾向がある」

 

というのがこの実験の主張で、人の期待やレッテル張りには、その方向に現実を修正する効果があるということです。

 

 

 

 

「心配」をするとき、私たちは善意ですが、その方に対してつい、

 

「この人は自分で解決する能力を持たない」

 

「よくなっていく環境にない」

 

「私や誰かが何とかしなければこの人はダメになる」

 

というその方は劣っていて、恵まれていなく、無力だ、という前提を持ちレッテルを張ってしまいがちです。

 

すると、その方が無力で哀れになっていく方向に現実を修正する効果が働きます。

 

言葉や態度の端々(はしばし)に、その内心が出るからです。

 

もし、自分がこのような前提を人から向けられていると仮定したら、どんな気持ちや状態になるでしょう。

 

 

逆に、「信頼」をする、その方に対して、

 

「この人は自分で解決する豊かな潜在的可能性をもっており、それが開花しつつある、あるいはそのきっかけを待っているだけである」

 

「よくなっていく環境や素因は既に潜在的にたくさんある」

 

「周囲が応援し、必要なお手伝いをすることで、必ずその方は自分の人生を元気に開いて輝いていくことができるようになる。」

 

という前提をもち、レッテル張りをすることで、その方が、豊かに潜在的な可能性を発揮し、周りと支え合って自らの人生を主体的に開いていく方向に現実を修正する効果が働きます。

 

こちらも、自分がそんな存在から応援されていると仮定したら、どんな気持ちや状態になるでしょうか。

 

 

信じてもらっている方がやる気でませんか?

 

同じサポート・行為をしても、サポーターの前提やレッテルにより、プロセスや結果に有意な差が出ます。

 

 

「心配」ではなく「信頼」をする。

 

 

「心配」しちゃってたよ、

 

と思われた方はその心配を奥まで辿ればあなたの愛や優しさから来ていることにも気づいて下さいね。

 

そこから、愛のある「信頼」前提に変えてみてもいいのかもしれません。