女性にとって、意外なこと?

以前コーチ仲間(女性)主宰の、シングル女性のための恋愛・婚活のための講座(いわゆるグループコーチング)に
ゲストコーチとして呼んでもらって、参加者の方のコーチングさせてもらったり、アドバイスさせてもらったりしたんですが、

文脈は忘れたけど意外と一番反響があった言葉が、

「以前別れた彼女とか奥さんを『幸せにできなかった』と悔やんでたり、それで自信なくしてたりする男性結構いるから
それを踏まえてあげるといいですよ」

という内容。参加者女性の方々がびっくりして、嬉しそうに、またはじんわり安心したように

「男の人って優しい~!」

「なんか救われました」

等々おっしゃって、そんなに意外なんだと思いました。

自分にもあるし、男性からは(悲しみや無力感とともに( ;∀;))結構聴く話なので、多いパターンだと思います。

男性たちは、大概好きな女性を幸せにしたいと思ってるし、ただそれを伝える、伝わるように動くのが
不器用な人が多くてごめんなさいみたいな感じなのですが。

逆に、自分がいることで自分がしたことで好きな女性が喜んでくれると、それはもう嬉しくて嬉しくて

エネルギー湧いて湧いて忠犬ハチ公か馬車馬みたいにまた同じようにまたはグレードアップしてやってしまうという男性は多いのではないかと。

自分がないっちゃ自分がないかもしれないし、ある意味弱いかもしれないし、単純・純粋かもしれないし、間違いなくバカなんですけどw、幸せなバカだったり。好きな女性の笑顔と信頼でいくらでもがんばれちゃいます、みたいな。
信じてくれるって本当にありがたい。

なので、受取り上手な女性、嫌なこととか望まないことはそれも表現してくれて(そしたら軌道修正しやすくて助かる)、嬉しいときにお返しとか別に考えないで率直に喜びや幸せを表現してくれる女性がいてくれたら、

その手の男性は助かるし、そういう行動をとる人はこの手の男性をよく惹きつけると思います(だって合うから。逆に搾取的な男性は遠ざけるんだろうなと・我慢や自己犠牲や遠慮をよく選択する人は搾取的な人を惹きつけやすい、だって合うから)。

男性側も、自分の意図や気持ちにもっとよく気づいて上手く伝えられたり、相手からして受け取りやすく喜んでもらいやすいように愛情を出す工夫もあったらさらにいいですし(悔やんでいる男性方、またこれから新しくがんばろうじゃないかw)、

みんな自分の嫌とか好きとか嬉しいとかを素直に自分で気づいてあげられて、それを上手く人に伝えられたらいいんだろうなと思う雨の夕方。
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何か思ったことなどコメントやメッセージでお伝え下さると嬉しいです^ ^

紛争の根っこにあるもの

色んな種類の紛争や問題を法的・心理的の両方の観点から関わってきてますが、

あらゆる紛争の表面に出ている問題はあくまで表面で、

根っこにあるのは、「(母親から、父親から)自分は愛されてない、愛されてこなかった」と思ってること。

こう思ってるとその人の行動のほとんどが愛を勝ち取るための闘争、みたいになる。

紛争もそうだし、お金持ってる競争、成功競争、有名、人気競争、こんなに善いことしてるんだ競争、キラキラ競争w、SNSのいいね数競争、とかも闘争で、終わらないループ。

紛争もその一つの表現方法。非行に走るとか犯罪に走るとかも分かりやすくそう(愛されなかったことへの復讐、「愛されなかったから私はこんなにダメになってますよ、ほら後悔しろ、または気にしてくれ」・潜在意識的にですけどね)、ダメ異性ばっかり捕まえて不幸になり続けるとかも割とそう。

「自分は愛されてない」はたいがい「(母親から、父親から)愛されてない」という感覚なんだけど

これにはさらに奥があって、正確に言うと「(母親から、父親から)愛されなかったような自分を許せない、愛せない」

という感覚だと思う。

なので、お客さんには「自分を大切にしましょう、自分で自分を愛そう」という方向付けをおすすめすることが多いのですけど、

いきなり自分を大切にしよう、とか言っても大概すぐには難しいので、

まずは自分を労うこと。

「愛されてない」という想いを持ちながら、又はうすうす感じながらまあ長いこと我慢してがんばってきてるんですよ。

法律問題になるほど大きい形で出す人は、すっごく我慢してきたからこそ大きく出てる。

「長い間悲しみを我慢して、よくがんばってきたなあ。」

「もう我慢しなくていいよ」「泣いてもいいよ。」

とか、繰り返し、我慢してがんばってきた自分の部分を労う、悲しみに寄りそっていく。

悲しみを見ないようにして代償行為としての闘争と競争に走ると永遠に終わらないけど、悲しみにしっかり寄り添ってしっかりと感じていったらそのうち終わる。

悲しみは悪者じゃないですからね。
悲しみが終わったら代償行為としての愛の勝ち取り闘争ループが終えられて、好きなだけ休めたり、やりたいこと、好きなことやったり、好きな人との時間を楽しんだり、存分に、シンプルに、できる。

犯罪とかDVとかいじめとか不登校とか”問題行動”起こす人をガンガン責めるのは、泣いている幼児をひっぱたいてどこかに押し込めるようなもの。

解決するという観点から言ったら、根本解決はしないと思います。泣いている幼児いたら、「どうしたの?」と抱きしめたり、そういう方がよいでしょう?行為者に責任は取ってもらうとしても、ガンガンに責めても別に解決しない。

被害者を軽視しろとかそういう意味じゃなくて、被害者にも加害者にも寄り添える社会の方が優しい社会だなと思ってます。

自分の悲しみに寄り添う、人の悲しみに寄り添う。

潜在意識の奥の奥では皆自分で自分を愛しているから究極的には大丈夫なんだけど、

皆悲しみをもっているからこそ、悲しみをごまかすのではなく、もっと悲しみに寄り添える個人や社会になっていったら、いろんなことが大きく変わるだろうなと思います。

刑事裁判と生き直しのターニング・ポイント

怒りや寂しさなど、抱えた負の感情から自身も望まないが一定の思考や行動パターンを繰り返してしまう、その行動が犯罪行為にあたって何度も警察・裁判所・刑務所を訪れてしまう方々がいます。

刑罰や刑罰が控えているとの威嚇だけでは引き続きどうにもならないので、今回担当の被告人については、依存症回復施設・一般財団法人ワンネスグループ代表・精神保健福祉士の三宅 隆之さんと協同し、裁判等の後には回復施設に入居することとして、被告人の施設への適応や施設のプログラム、卒業者・回復者の実績等について三宅さんに専門家証人として法廷でお話しいただきました。

 創設された12年前から全国で700名以上もの方をサポートし、多くの方を依存症回復、前向きで希望のある人生に導いてこられたワンネスグループさんの存在により、行き場のない、孤立した、絶望した当事者やそのご家族の方がどれだけ救われたか、その方たちが回復されたことによって生じなかった新たな被害者・被害的立場の方がどれだけ守られたかを想うと、ここを創設・運営し・発展させてきた元当事者・矢澤さんの偉業は果てしないと再認識、尊敬と感謝(現在は代表職を後進に任され世界に羽ばたかれています)。

そして、現代表三宅さんをはじめとしてワンネスグループの方には自ら過去当事者だった、回復施設卒業者・回復者のスタッフさんが多数おられます。自らをコントロールしきれず問題行動を繰り返してしまう、その無力感・苦しみ・絶望・誰からもわかってもらえないという孤独感を体験・理解した元当事者・回復者の方がスタッフであられるからこそ、現当事者の気持ちや立場が分かり回復支援を実効的にされることによって当事者やご家族の方がどれだけ救われ、その方たちが回復されたことによって生じなかった新たな被害者・被害的立場の方がどれだけ守られたか、これからもますますそうなるかを想うとスタッフの方々への感謝と尊敬の念に堪えません。

その尋問を受けての被告人質問(尋問のようなもの)にて、その場でも自然とカウンセリングやコーチング的場面が出るのはもはや私の癖(へき)。裁判の場で心を開くというのはたしかに特殊な場面で課題はあるものの(ただし人は極限まで追い込まれると降参して心を開くしかなくなるという現象も起こる・底つき体験的)、場さえ整えば裁判の場は被告人にとってとても大切な生き直しの場、人生のターニングポイントとして大きな効果を持つ場になるといつも思うのです(再犯防止・被告人の更生は弁護人も検察官も裁判所も(場合によって被害者の方も)皆望んでいるところ)。

ワンネスの皆様方、どうぞよろしくお願い致します。

ワンネスグループさん http://oneness-g.com/
(なお、依存症や行動パターン改善についてご相談されたいことがある方はおつなぎしますのでよければご連絡下さい。お金のない方でも生活保護や法務省からの委託プログラムの活用によってご対応いただけるとのことです)。

そして、人はどうしたとしてもつながりの中で生きるのだな、と深々想う。